HISTORY

愛媛育ち。1974年生まれの1人っ子。


幼少時から中学校までは順風満帆。

活発に育ち、どちらかというとクラスでも目立つ子でした。

(目立つが故にいじわるグループから無視されたりすることはあったけど。それでも芯が強いのか、そんなに応えない子でしたね。)


高校時代に、母が使用していたとある基礎化粧品に反応したのか肌の状態が悪くなり始めます。


眉の上や鼻の下に赤いポチっとしたのができたり、耳たぶの下が切れたり。

学年を重ねるごとにかさつく感じも増え、目が腫れぼったくなったり首が荒れたり、ということを繰り返すようになりました。


今思うと、よくあるデトックス系の効果があるような基礎化粧品だったのかもしれません。

あのまま使い続けていればよかったのかも。


それでもやはり思春期だったので母も変わったことは取り止め、収めようと奔走します。

そうそう。大切な1人娘ですから。


あのドリンクがいいだのこの化粧品がいいだの、あれこれ人に聞いたり調べたりしては試してみましたが、一度反応が出始めたものは上手くは転びませんでした。


それでもかわいらしい程度。

高校の卒業アルバムはあまり見たくないなぁ・・・という程度でした。


大学に入り、東京で1人暮らしを始めます。


運動もきちんとしており、自炊もしていたのですが、肌の調子は不安定。

ひどくなるときはキャップを目深に被っていました。


自分なりには普通でしたが、今思うとこの頃の体調は最悪です。


体温は35.4度。

お酒を飲むと翌日は目が開けられないほどむくんでいました。

女優でもないのに顔には全く汗をかきません。

足先は冷えて眠れない。

肩も布団が少しでも浮いていると寒くて寝られない。


こんな調子でした。


大学生活後半になると、ひどいときは顔から黄色い汁が出たりしていました。

愛媛にいる両親には言っていませんでしが、あるとき帰省すると母が驚き、見るに見かねて病院を調べ、四国のとある有名病院へ行きました。


入院という名の民宿生活をしばらく行い、顔は包帯でしっかり巻かれました。

ところがその包帯を外すと、ごわごわだった皮膚が嘘のようにぺれぺれぺれ~っとめくれてツルツルのきれいな肌が見えて来るのです。

それは嬉しかったです。

ところが、赤身肉、白身魚、野菜・・・というような食事に限定され、退院後もその生活を強いられました。

おまけに自由診療で薬代も高く、バブル当時だったのが救いでしょうか。


今ではネットもあり、しっかりと情報は開示されていますが、当時はホームページもなく、「情報処理」という科目もでき始めた頃で、まだ携帯電話も普及していない時代。

まさかステロイドがしっかり入っているとは思いもしませんでした。

(その後分かりました。何がきっかけで分かったのかなぁ・・・)


東京に戻ってからも、先生の指示通りに薬を付けてコントロールし、食べたい物も我慢して生活しました。

友人たちやバイト先には「私、肉嫌いなの」で通していました。

食べたかったー・・・。


中国料理店でバイトしていたんです。

賄い食の美味しかったこと・・・。

それも悔しい思いをしながらお肉をよけて食べていました。


大学も卒業し、ちょっと1年ほどはやりたい勉強のため東京に残りましたが、結局愛媛で勉強することを選択し、愛媛に戻って来ました。

勉強を続けながらバイト生活をしていましたが、勉強にも区切りを付け就職をしました。


仕事をしていると、お付き合いで食事に行くこともあったり、上司にお呼ばれをしたりすることも多くなり、食事のコントロールが面倒になってきました。

それと同時に疑問も沸いてきたのです。


私は一生、この食事を続けるのだろうか・・・?

肉や魚から取ることのできる栄養はどうするの?

万遍なく栄養を取らずして本当に治る?

私、何のアレルギーもないのに。


それに薬・・・。

私はこの先50年は生きるとして、ずっと薬を付け続けていかなければならないの?

もしこれが蓄積されて子供に流れるとしたら?


ダメだ、これは違う!

この生活止めなきゃ!


そう思ったのです。

そうすると面倒な食事制限は守らなくなりました。

薬も塗らなくなりました。


もちろんステロイドの副作用が出始めます。


このとき、その有名病院へ行きました。

疑問をぶつけてみたのです。

返ってきた答えは・・・


薬は一生塗ってください。

そんなの食べてたら治らないよ。

言ったこと守れないなら来ないで。


こっちから願い下げだわ!

1年や2年犠牲にしたって、長い人生、俯瞰図で見たら点くらいのもの。

リバウンドが何!受けて立とうじゃないの!

(これが1年や2年じゃなかったのですけど・・・涙)


そうして自分で初めて調べて見つけたのが栃木県のサロンでした。

確か新聞の下にある著書が目に止まったように記憶しています。


そこを選んだのは、病院ではなかったから。


病院では薬を出すことしかしませんし、もし薬を出さなかったとしても、ゼロに戻すことしかしません。

エステの要素がなければきれいにはしてくれない、と確信していたからです。

街でも病院でもステロイドの副作用で黒ずんだ肌のままになっている人や、唇の輪郭が白かったり、肌がごわついていたり、突っ張っていたり・・・アトピーさんはすぐに分かってしまいます。

私はそれでは納得しませんでした。


元に戻りたい!私はこんなんじゃなかった!


そこでの治療方法は、


薬は一切NO。

ひたすら大量に水を飲んで、水分で毒素を出す。

水分は尿・便・汗の順に出るので、体にとって負担のない尿・便・汗で出るようにする。

あふれた毒素が皮膚から出るが、これはしんどいのでなるべく排泄で出すために水を飲む。

そして運動をする。

その上でスキンケアをしていく。


というものでした。


最初の1年はステロイド副作用としての皮膚炎症は出ていましたが、むくみや冷えは変わらず、運動をしても汗もあまりかきませんでした。


それからだんだんと顔、首、体、と黄色い汁やらボロボロの皮膚やら何やらでぐちゅぐちゅになりながら4年ほど頑張り、最後に脚だけが残りました。

ここを乗り越えるために日記を付けていました。

そうすると、辛いときに、もっと辛かったときを思い出すことができるからです。

今が一番しんどいように思うけれど、思い返せばもっと辛いときがあったはず。それが分かるともうひと踏ん張りできるものなんです。


最後まで残った脚は頑固でした。2年ほどはかかったかな・・・。


まともに歩けず、長いスカートで過ごす日々。

眠ることもできません。

幸い他人からは「暑苦しい恰好をした子だな」と思われる程度でしたが、そのスカートの下はだらだらと汁が流れていることもありました。


最後に出会ったのはエステによるリンパドレナージュでした。

それで一気に好転し、脚はシミが残ったものの、快方へ向かうきっかけになりました。


“抜けた感”の後は、体が軽くなっているのが分かりました。


体温は36.4度。(←体温の1度がどれだけ大きいか!)

どれだけお酒を飲んでも翌日にむくむことは全くありません。(←しかも美味しい!)

汗もしっかりかきます。

アンカなしでも寝られるようになりました。

肩が寒いこともなくなりました。

そして風邪も全くひかなくなりました。


アトピー、そしてステロイドから脱却することで、私は真に健康な体を手に入れることができたのです。


“抜けた感”があるので、もう一度ぶり返すような不安な感は全くありません。

自分の体なのでよく分かります。


その後私は遅咲きの結婚をしました。


ちなみに夫も遅咲きでしたので、2人でしっかり不妊の悩みも共有しました。


次のステップを覚悟したときに妊娠が発覚。


2013年に微弱陣痛で19時間奮闘の末、3150gの私にそっくりな健康優良娘を出産。

妊娠中は骨格変化による坐骨神経痛はややあったものの、産後の痛みはほぼゼロで、2ヶ月で無理なく体型を戻し、現在に至ります。


健康優良児の代表のようなわが子を見ていると、あのとき意を決して健康を手に入れてよかった、と心の底から思っています。


幸い私の夫も健康商売。

これも運命かな、と1人でも多くの人に「真に健康であることの大切さ」を伝えていきたいと思っています。


  *    *    *          *    *    *


2010年に夫の西予市【おかだ整骨院】の分院として松山市に【整体院 TOTAL BODy PRO】を開院。

夫がスポーツ整体部門、実母が美容整体部門としてのスタートを切る。

開院当初は会社勤めであることからフォローとして携わっていたものの、思い入れが強くなり、2016年に会社を辞めて本格的に携わるようになる。


「毒素を排出すること、リンパを流すこと、自律神経を整えること、代謝をあげること」

自身の替えがたい経験から、この4つなくしてアトピー克服はなし得ない、と確信。

自身のような遠回りの原始的な方法ではなく、整体で叶うことを学び、全国的にアトピー治療に実績を上げている治療家に指示。以降、アトピーさんに特徴的な身体状態をニュートラルに戻していき、より近い道で克服へと導く。

また、同時に元よりきれいにしていくための、スキンケア理論、エステティックを学び、オーガニックハーブの力で表面的なものではない、真に健康な肌作りを実現している。


現在の肌や体の状態はもちろん、お客さまの精神状態、性格、生活環境すべてを考慮し、今最善の方法を選択。

食アドバイザー資格を保有し、食事面でのアドバイスも行う。

現状維持ではなく、前に進むための道筋を一緒に考え、絶対に諦めない強さを持っている。


アトピーを治すことがゴールではなく、健康を手に入れてもらいたい、そして本当の輝く笑顔を手に入れてもらうことが目標。

これはアトピー克服に限らず不妊整体にも通じるもの。


また、自身の妊娠・出産を経て、マタニティ理論・産後の身体についても学び、妊娠中の胎児の状態が出生後の赤ちゃん、その後の成長にも影響を与えること、母親の生活にも大きな影響を与えることを、整体を通じて伝え続けている。

骨格・筋肉の成り立ちに基づいた分かりやすい指導は、ケガをしない子供、表情豊かな子供への成長を導く。


こうしてお客さまの人生が変わる瞬間に立ち会えることを喜びに、日々さまざまな状態に対応している。